空の奥処

『曇天記』、3回読み終えました。しかし、まだ手放す気になれず、ほかの書物に手が伸びる気配もなく、ポツリポツリと拾い読みを繰り返しております。


外出する際にも、必ずバッグに収め、バスや地下鉄や、コーヒーショップなどでバッグから取り出し、手に取り、読み始めます。まるで、この一冊にちりばめられたすべての文章の一つひとつを我が身に血肉化することを目的にするかのように。


中原中也の『在りし日の歌』、その中の「曇天」が発想の元になったことを知ったのは2011年3月11日の<未曾有の惨事>。紋切り型の口調、それを口にする人々のふるまいのいびつさ、表現の水位の、あと戻りできないほどの低下を前にして中也の<黒い 旗が はためくを 見た>を思い浮かべたと著者はあとがきで書いている。


そんな「曇天思考宣言」とでも呼べるあとがきを1回目読んだとき、私は南信州にいた。そのときも、この書物だけを携えて東京を離れた。2年ぶりの南信州のわが家の窓といえる窓を開け放ち、濃密な深夜に読み進めながら、風を、空気の流れを浴びた。


翌日、前日の快晴とはことなり、空は曇天に変わっていた。その際の、空をiPhoneに収めた。私なりの<空の奧処>を見つめていきたい、と考えながら。

 

 

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6月12日、シンガポールでのアフェアについては、ロイター通信のPeter Van Buren 記者の書いた記事が秀逸でした。