マックス・ウエーバーと私

先週末は陽気にも恵まれ、課題の外出運動をそろそろと開始できました。土曜午後は家人同伴で表参道まで足を伸ばし、渋谷まで246号を歩き通しました。先ほど、かかりつけ医のところへ行き、心電図チェック、ノープロブレム、でした。


5月後半には、ここしばらくできずにいた南信州への帰省をとりあえずは一泊二日であれ、実行する、それを目標に代謝内容をあげていく、それです。


突然話題は変わるが、大学受験の学習でいちばんこだわったのが、ある予備校の名物英語講師のテキストを攻略するところにあった、ずいぶん昔の話ですが、このテキスト、現在も少ない蔵書の<最重要書籍>エリアにある。


久しぶりに手に取り、ページをめくってみたら、なんと全体の6割ほどがマックス・ウエーバーの原文で占められている。英文はシンプルながら、内容は和訳するのは簡単、しかし、当時の自分は、意味を理解していたのだろうかと追憶が怪しくなってくる。


今、読んでみて、一考して然る後に、腑に落ちる、そういう状態なのだ。昨年暮れから今日に至るまでの社会事象について、マックス・ウエーバーを引用して分析する学者の言説に接するにつけ、このテキストに引用されたウエーバーの文章が珠玉であることがわかる。このテキストを編んだ、あの名物講師には明らかに意図があったのだ。


大学に入って以降は、英語についてはほとんど触れることがなかった(大学の外国語は仏語だった。え?)。それに、私は、マックス・ウエーバーの著作は読んでいなかった。