長旅をめざして

4月も半ばを過ぎ、時の流れは尋常ではない。個人的には緩やかに流れているように思うのだが、私の耳元には「生き急げ、生き急げ」とたえずささやかれている。生き急げと言われるのはオマエの残り時間は短いのだと宣言されているのと等しく、甚だ不快に感じる。


とはいっても、ルーティンは確実に存在し、それをこなし、そのほかの時間を映画を見たりするのだが、そういう日々でいいのかと考える自分も頭をもたげてきている。鬱に近い塞ぎの感覚。


ツイッターに、私より少しだけ年少の方が、4月の頭からおよそ一ヶ月の予定で、仕事を休み、旅に出ているのだが、そのリポートにいたく癒やされている。一日にポイント、ポイントでの旅の刻印をツイートしている。ツイートとともに写真も添えられていて、何より、写真の腕が秀逸なのがインパクトを持っている。


観光地ではなく、ある地方の町から町を歩き、路地を徘徊し、川岸や海岸を歩き、写真を撮る、風雪や年月に堪えた時間を感じさせる写真は、誰にでも撮れるものではなく、その方の眼が確かだから惹き付けられる。


この方と同様に、<人生最後の長旅>を試みるにも、万全の健康体が欠かせない。かかりつけ医からは、「怖じ気づかずに、体を動かしてください」と脅しに近い助言をもらっている。明日から気温も上昇の予報、震えながら体を動かそうと思う。