2018年問題

私の2018年問題、昨日の「久米宏のラジオなんですけど」のテーマでした。そろそろ正月も半月を過ぎ、個人的に今年のテーマを掲げて、それに対する戦略を練る、などというタイムラグあり過ぎのライフスタイルで今年もやり過ごそう、そう考えている今日この頃。昨年が昨年だったので(自分だけしかわからない言い回し)、大江健三郎さんに頼ることなく、今年は大きなテーマと細かなテーマを自らに課し、ナンとか生き延びていこう、と。


大きな体積、質量をもつモノをできる限り身の回りに置くな、という家人からの厳命をいただいている私は、昨年11月、<広辞苑、10年ぶりの改訂>というニュースを聞き、紙媒体としての『広辞苑第六版』を仕事場に移動し、iPhoneにアプリ<第七版移行版広辞苑>を導入しました(8500円という高額でした)。


12日の金曜日、紙媒体の『広辞苑第七版』発売のニュースを聞き、はたとアプリの方、第七版に移行するのかと何度もアクセスしては<第六版>のままなので、岩波にだまされたか、と落胆し、週があけたら岩波に電話して文句言おうと、日付変わった土曜日午前3時、自宅に戻り、寝る前に充電器にかけようと。そのとき、アプリのアイコンが点滅しており、よく見ると、『広辞苑第七版』と切り替わっておりました。岩波書店さん、疑って申し訳ありません。


昨夜は、わがかかりつけ医とPTさんと夕食、ひとえに私の心身を支えてくださるチームのような存在で、3日夕刻のダウンを機に、あらためてこの乱高下の激しい冬場をどう乗り越えるかという崇高な課題があるのに、そのテーマについてはほとんど触れず、ポストトウルース的なとはいえ、この世紀に入ってからパラダイムは変わっていない日常の満ち潮引き潮についてをたどる話題、要は「こんな面白いアプリがあるよ」ではなく、「こうやって自分をアプローチさせていくと、このアプリ、結構、面白いデータを出してくる」的な、そんな話に終始し、2時間余りの<濃密>。こういう積み重ねのできるチームを頼もしく思った次第で。それぞれの2018年問題、うまくいきますように。