わが闘争

痛みとどうつきあうか、私の残り少ない人生の大きなテーマとなった。発症時から20日間ほどは七転八倒の痛みに、まさに鬱になるだろうな、と思った。憂鬱間隔でいえば鬱は圧倒的に少ないB型なので、楽観的ではあったが、それでも一時は途方に暮れた。そこで、ああいかんぞこれは、決して思考停止はまずいぞと考えた。

 

右目はふさがっていたから、目を伏せ、沈思黙考の安静生活。ラジオが友達と思ったが、今回はラジオはうるさかった。人のおしゃべりがうるさかったのだ。唯一、聞けたのは例の金鳥製薬のCMシリーズ、<大沢クンと高山サン>だった。でも、早々にラジオをあきらめ、ピアノに移行した。やさしい音のピアノといえばシューマンショパンだった。来る日も来る日もシューマンショパンを聴き続けた。これで、辛うじて鬱にはまり込むのを防ぐことが出来た。

 

最大の危機を乗り越え、聞き飽きてきた頃、次に選んだのは、アマデウス、いえ、モーツヮルトでした。多作の彼の作品群の8割程度を聴いたのではないか。同じ曲でも指揮、演奏者、フィルハーモニーの異なるのも聞きくらべたから、その量は推して知るべし。7月半ばに「そろそろモーツワルトを卒業しようか」と考え、ついに積年の待望するジャンル、というか、いつか余生のいくばくかをこのジャンルに耽溺してみたいと考えていた。そう、オペラだ。あくまでもオペラを聴く、のだが。この3週間ほどで、その魅力の虜となっている、当たり前の話だが。

 

右目に痛みが走らなくなったら、オペラをDVDで観てみたい。

 

さて、こういう病気なので、当初は食欲なんぞわいてこなかった。家人発案のおじや(あるいは当初はお粥であり、雑炊状となりおじやに至った)に救われた。今や、そのおじやは進化し、考えられる栄養素を内包した完全食となっている。5キロ減った体重が元に戻りつつある。ああ、もう一つ、私のもう一つの持病について、かなり良好な検査データが出ている。かかりつけ医によると、沈思黙考安静生活がもたらしたものだろう、と。今後は少しずつQOLを取り戻すべく、運動を取り入れていくようにしましょう、そういう事態になっている今日この頃。

 

とりあえず、私はこういう戦い方をした、もちろん、今後も続くことなのだが、音楽とはかくも素晴らしきものとあらためて認識した、そういうことをお伝えしたくて。