年の瀬ラウンドアバウト

クリスマスアワードを終え、といっても私が主語ではなく、社会全体の話なんですが、2016年も最終週、とはいえ、一日一日の充実を心がけていれば、年末だとか年始だとか、あるいは年が変わる、年齢を重ねるなどということにことさら思いを置くような心境にはならず、ただ季節感を感じていたいとは思うものの、日によって気温が乱高下し、季節が進んだり戻ったりする、気象状態が異常なのか、社会の停滞(劣化症状)などが繰り返されている中、やっぱりクールに自らを措き、ほんとの意味でのリテラシーの力を研ぎ澄ませる、そうやって後6日を過ごすのだろうな、と。

映画の話しの続きなのだが、今年の日本映画のベストナントかが先週今週賑やかしされておりますが、『シン・ゴジラ』、『君の名は。』、『この世界の片隅で』について、さんざん耳たこ状態で、見ました感が強いのだけれど、ええ、来年になって落ち着いたら、しっかり見ることにします。私は目下、リーアム・ニーソンにハマっておりまして、きっかけはクリント・イーストウッドの作品を見ている中で、『ダーティハリー5』に出演した彼を見そめまして、以降リュック・ベッソンの手になる『96時間』シリーズ、『アンナウン』などを見続け、果てはわが敬愛するローレンス・ブロック原作のマット・スカダーシリーズの一つ『誘拐の掟』なんぞにたどり着き、果ては彼を一躍スターダムに押し上げた『シンドラーのリスト』まで見ちゃっております。

同時に読書では6年ほど前に亡くなったディック・フランシスの晩年の作品を読み始めたら、これまたドツボにハマり、一連のこの著者のシリーズの主人公をリーアム・ニーソンをイメージすると、まるで映像が浮かび上がってくるのを楽しんでおり、しかし、ほかの今時のミステリやらには食指が動かない、これはひとえに個人的なリテラシーの傲慢さによるもの、あっ、上記の『誘拐の掟』には原作を読んでいて、そのすばらしいキャラ造形に頷いたTJなる少年も登場しており、なるほど、ピッタリ、と納得。このブログのタイトルも、ローレンス・ブロック氏にちなんだもの。

何かが退場し、何かが登場し、そしてそれぞれが回遊し、時代がかなりのスピードで動くが、どこかでスピードを落とし、ラウンドアバウトで交錯する、そういうイメージで、ある意味、本質インチキが真っ当を凌駕する、そういう時代が過ぎていく、末期がんで余命一ヶ月を切った同業者が昨日をもって退職、職場を去って行った、私物を携えトボトボ歩く54歳の後ろ姿を仕事場の全員で見送った、涙が流れた。闘病生活のべ8年、担当医に「手は尽くした」と先月言われたという、最後まで仕事を全うし、その内容に手抜かりはなかった。『この世界の片隅で』のテーマソングそのまま、その後、TBSラジオに出演した作詞者・北山修が彼しか言えない表現で、今の時代を生き抜く心の処方箋を話しており、沈鬱にも受け止めた。

儀礼でしか言えませんが、皆様にとって、よい年が巡ってきますように祈念し、本年の更新を終了します。