読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ディアハンター

永六輔死去、についてレクイエムの名手を気取る気持ちはない。書くことは多々ある。しかし、一点にする。ラジオの名手であったことと、最後までそのラジオにこだわったこと、見事だった。自らの名を冠にした番組、<永六輔七転八倒九十分>の冠を局として外さざるを得なくなった6月27日の最終回を終えての、7月7日逝去、だった。これ以上は、今、書かない。ラジオについてと同様、いずれ日を改めて。

訃報と言えば、マイケル・チミノもけっこう意外だった。<昔の名前>として、私でさえ忘れかけていた。不意に聞かされた名前だった。名前を知っていても、その作品については、一作しか観ていない(もう一作、駄作と評判の映画を観に行ったのだが、途中で映画館を出てしまった)、その一作が『ディアハンター』で、私の生涯での映画ベスト10に確実に入る映画。序盤の民族色多彩の結婚式シーン(ロシア正教会、主人公たちはピッツバーグに住むロシア系移民)で引きつけられ、中盤のベトナムシーンで息をのみ、後半の帰還兵を待ち受けるアメリカというものを描いたシーンで胸をつかれる、そして凄惨なラストへと長尺ながら、最後まで観てしまう。メリル・ストリープを初めて観たのもこの映画。クリストファー・ウォーケンも怪演。ロバート・デ・ニーロは言わずもがな。

この関連で、新しい映画では「トランボ/ハリウッドに最も嫌われた男」は気になる映画。時代がさかのぼるし、キャスティングがいいし、肝心のテーマがね。

・・・、などと書いていたら、<大橋巨泉氏、逝去>の報が。こういう予感(永六輔氏と大橋巨泉氏は逝くときは相次いで逝く)が数年前からしていた。永六輔がラジオの名手であれば、大橋巨泉はテレビの名手、言わずもがな。往時は向かい合いもしなかった二人が近年は永氏の番組に出稼ぎにやって来ては、大事な話を繰り返ししていた、そういう時代なんだろうな、今は。実感が湧かないので、この話もいつか日を改めて。

ああ、大橋巨泉氏、私はまずジャズの入門を彼のラジオ番組でなし、たとえば『奇妙な果実』(ビリーホリディ自伝・油井正一大橋巨泉共訳、晶文社刊)なんぞも読み始めたから私にとってはJazzティーチャーでもあった、というかそこから始まった。

東海以西が梅雨明けで、関東以北はお預けを食らいながら、でも実質梅雨明けの暑さが押し寄せており、琉球の大工哲夫さんの『生活の柄』なんぞを聞きつつ、辻邦生の『嵯峨野明月記』を読み進めております。本阿弥光悦俵屋宗達、角倉素庵の3人が繰り返し独白する、改行も何もない文字詰めの息苦しい構成ながら、黙ってその独白を進めていくと、苦行(苦笑)の先に、戦国の混沌からそれぞれ異なる手法と思惟と実践により、次第に<嵯峨本印行>という事業に結実していく、まことに行のような読書でありながら、崇高な達成へと導かれるカタルシスを味わうために。