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異邦人

最近、武満徹ソングブックにハマり、女流シンガーにハマっておりましたら、何かの弾みに『異邦人』という久保田早紀の曲に再会し、まさにこの体験は、この間、三島由紀夫賞を『伯爵夫人』で嫌々受賞した蓮実重彦氏が、その授賞会見で並み居る凡庸な記者相手に応えたハスミ節で「小説というものは、何か動機があって書くものではなく、向こうからやってくるもの」と述べた件で、久々に会見というもので快哉を叫ぶ気分を味わえた。

この曲は、久保田が大学の通学途中に八王子に向かうため国鉄(当時)中央線に乗っている際に、ふとした瞬間出来上がった曲で、元々は「白い朝」というタイトルだったが、「イメージが伝わりにくい」「インパクトが弱い」という理由からプロデューサーである酒井政利により変更され、独特のアラビアラテンのイントロなど編曲は萩田光雄、プロデューサーの酒井は、同年初頭のジュディ・オング「魅せられて」でエーゲ海を題材にしたのに続いて、聴衆の異国情緒に訴える題材としてシルクロードを選び、作詞作曲者が当初には想定していなかったエキゾチックなイメージを加味し、「シルクロードのテーマ」のサブタイトルを付して発売した。シルクロードのイメージを増幅させるため、民族楽器のダルシマーも本曲に使用された、・・・、とウィキにある。まあ、それもあるが、こういう<一発アート>は、久保田早紀という歌い手の、あの時代ならではの<憂い>とか<アンニュイ>がつづら折りにされて結実した、というのがアレで。

「今日、ママンが死んだ。」で始まるアルベール・カミュの『異邦人』。アルジェリアのアルジェに暮らす主人公ムルソー、母の死を知らせる電報、涙を流すどころか、特に感情を示さず、旧知の女性と情事にふける、普段と変わらない生活を送るが友人レエモンのトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾され、殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と陳述、死刑を宣告されたムルソーは死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする、・・・、そんなアールヌーボー

コリン・ウィルソン(代表作のひとつ『アウトサイダー』は L'Étranger の英訳であり、その中ではカミュの『異邦人』も扱われている)という関連リタレリーもあった。カミュの『異邦人』が先にあっての、久保田早紀だと思う。久保田早紀カミュを読んでいたかどうかは不明だが。

それから幾星霜(ン十年)の現代、小説『異邦人』、そして歌謡曲『異邦人』が発表されてから実に、半世紀超えた現代(21世紀、ですよ)、建築エコノミスト森山髙至さん(@mori_arch_econo)がツイッターで、『異邦人』の替え歌に挑んだ。

魍魎たちがJOCに集い諸手を挙げて
金や地位や名誉までも掴もうとしている
その姿を昨日までは何も知らない国民
IOCにおもてなしが届いたと信じていた
裏で電通と触れ合う竹田
過去からも度々と呼んでいるうちに
BTにとって私ただの通りすがり
ちょっと振り込んでみただけの違法金

 

明日から、異邦の首脳たちが「お伊勢さん」に集い、サミットという名のお祭りをするらしい。あ、そうそう、この『異邦人』、エゴ・ラッピンの新アルバムでもカバーされておりますね。それから、森山髙至さんも指摘されているように、巻き添え、いえ、舛添都知事にはどこまでも現状を貫いて頂き、「私なんぞ、かわいいもんでしょう?もっと、上を行くハイアー官僚やアップアップ閣僚なんぞを追求遊ばせよ」という展開をお見せ頂きたい。また、飛んで申し訳ございませんが、蓮見先生にはご自身も申されていたように『ジョン・フォード論』の完結編をお願い申し上げます、老いの楽しみなのですから。