添加物

仕事もなく、家人もいない、七夕の日曜日。梅雨末期のシトシト雨が降ったりあがったり、ドラマか映画を見る?13時からは贔屓球団のファームの試合中継があり、14時からは一軍の試合中継がある。それまでの時間をどう過ごすか。

 

アマゾンプライムで500本は見た。重なる部分もあるが、最近、Netflixに加入して重点的にプログラム攻略を始めた。アマゾンプライムのオリジナルが秀逸だったのに対して、噂に聞くNetflixはどうなのか、それを確かめるため。

 

そんな話ではなかった。昨日20時に更新されたマル激トーク・オン・デマンド『ガン大国日本で食品添加物が選挙の争点にならない不思議』を見始めたら、ランチ、コンビニで麺もの勝ってきて食べようと思っていた自分から食欲が消え失せていった。それほどのインパクトを喚起する内容。先週の『山本太郎は何がしたいのか』も時期、意図、設定など秀逸だった。

 

食品添加物、コンビニという選択肢を放棄できる立場にはない。したがって、たばこ同様、発がん覚悟のライフスタイルは続く、老い先短い人生だもの。でも、若い世代の方々には切実なテーマ。

 

で、ランチ、何食べた?表示を確認して、永坂更科太兵衛そば(乾麺)をゆで、にんべんの有機醤油使用のめんつゆで食す。とりあえず、添加物は回避。しかし、夕食は渋谷で家人とおちあって外食。外食で添加物を回避するのは至難の業、とほほ。

ざまあみろ

6月の最終日、今月は何度も南信州への往復を繰り返す中でのスケジュールだったので、落ち着いてブログを更新する意欲がわいてこなかった。その往復の時間、片道4時間は<思索>にはもってこいの時だった。

 

この6月にはまったのがドラマ『ブレイキングバッド』だった。アメリカ南部地方都市を舞台にした、化学教師の末期肺がん発覚を発端に、家族に某かのお金を残すためにすることをテーマにしたドラマ。侮れない内容で、俳優陣も個性豊か、シーズン5まで一気に見た。


そして、昨日の土曜日、渋谷の本屋で『神戸・続神戸』(西東三鬼著・新潮文庫)に出会った。45、6年前、出帆社という出版社から『俳愚伝』も加えた作品集に出会い、たぶんその本は南信州に置いてある。しかし、昨日の出会いで、重複にもかかわらず、購入した。解説文を寄せている森見登美彦さんの解釈にも興味があった。


今の時代に、<モダニズム>という表現が意味があるのか、それが意味をなさないのなら、西東三鬼のモダンなど解釈をなさない、そんな時代なら、オマエらわかんねえだろ、ざまーみろ、の世界だ。

 

そうやって、今年の半分を終える。メイキングバッドの主人公も、西東三鬼も、時代と対峙して、自分のすべてを全うしようとする、私もなにがしか全うに加担しようともがいている、半年でした。

<断捨離>実践

今週初め、南信州へ帰省。実家リフォーム工事開始に当たり、ご近所さんへの挨拶回り、さらに廃棄物峻別作業、その後、ゴミ廃棄作業を見守る、つまりは<断捨離>というものを他人事でなく、実践した。

 

およそ断捨離とは無縁の性向の私に断捨離の趣旨について講釈してくれたのは他ならぬ家人であり、その講釈という釈義に則って実践した。結果、見事に果たせた。ただ、私が断捨離を実践すること、すなわち、亡き母はじめ先祖様のゆかりの諸々を廃棄することであり、少なからずためらいを携えながらの実践だった。

 

ただ、私の家も、私に子がいないゆえに、私の人生を終えるとともに家督は耐える、その先のことは今の時代、誰にも答えようがないのではないか。したがって、私が残り数年なのかどうなのか、あまりの人生を過ごす空間として心地よいものであればいい、そう考えて、今回の工事を思い立ったのだ。

 

私は何事か成し遂げたとき、その後、ちょっと気の抜ける習性があり、前回、念願としたある仕事を成し遂げた2週間後に<帯状疱疹>を発症した。今回も<断捨離>を実践した直後だけに、少し気を張って生活していこうと思っている。

鬱が空けて、梅雨に入る

「鬱、脱しましたね」、かかりつけ医にそう指摘されて、われながら脱した感がわいてきた。4月末、どこかの街を歩いていて、安っぽいキャリングケースででかい音を発して、周囲の迷惑顧みず闊歩する、そんなおネエさんの姿を見て、瞬間、鬱に陥った。

 

脱したと思われるのは日曜日、渋谷からの帰りのバスで見かけたとても姿勢の良い、やっぱりおネエさんのシルエット。背筋が伸びている、足もストレート、小柄だけど姿勢が良いから小柄に見えない、片手にスマホ、片手はつり革をつかんでいる。凡庸な容色なのだけどステキに見える、その非凡な姿勢の良さに、最近見なかったなと思っていたら、脱した。

 

これほど、私の鬱に陥ったり脱したりは単純にして一瞬で起こりうる、レアな現象だ。この一ヶ月あまり、鬱に陥ると機嫌が悪くなる、目の前に起こるあらゆる日常が疎ましくなる、物事に集中できなくなる、そんな日々を送ってきた。

 

集中力が落ちると、本を読むことを望まなくなる。だから、代替としてネットの映像(ドラマ)にできうる限りの集中を試みる、それでAMAZON PRIME のオリジナルドラマ、BOSH2回とSTARTUP1回をしっかりと見た。今、集中力を確かめるために、ドラマの中の登場人物が読んでいたレイ・ブラッドベリの『万華鏡』を読み始めることにした。

 

鬱が空けて、梅雨に入る。

金曜ロス

金曜日午後は文化放送大竹まことのゴールデンラジオ、室井佑月のある種の毒舌と後半に登場する経済学者金子勝の現政権のやり口と日銀総裁批判、から始まってTBSラジオに移り、金曜デイキャッチの宮台慎司の現代社会批判の咆吼、これを10年あまり聞いてきた身として、<金曜デイキャッチ>を失い、何か得も言えぬ喪失感を味わっている。

 

こういう層は想定10万単位でいるとみられ、ツイッターにそれが現れている。後番組のTBSラジオ<アクション>日替わりのパーソナリティで金曜は、武田砂鉄。2ヶ月を経てようやくなじんできた。

 

そんな金曜日、世間的には給料日の金曜日、乾いた空気ながら気温は30度に近いという初夏真っ盛りの夕方、意を決して、従兄弟の子を誘い、神宮スタジアムに向かった。某贔屓球団のナイトゲーム観戦のため。

 

かつて村上春樹が通い、寝転んでベースボールを見ていた時代から様変わり、外野の芝生席は取っ払われ、青いシート席、そこに毎試合ほぼ満席状態の野球ファンが敷き詰める状態。レフトスタンドに陣取り、4時間を過ごした、

 

青山、外苑前からも青山一丁目からもJR千駄ヶ谷からも通える立地抜群の場所、1万円でビールも腹を満たす食事もB級ながら味わえる、実態経済が冷え込んでも、衆が辛うじて楽しめる空間、何よりふだん出すことができない大きな声を誰でも出せる空間、そしてウラジミール・ヴァレンティンの放った放物線、大島洋平の右中間真っ二つのラインドライブのラインヒットを味わえる空間でもある。

 

外野にも二カ所ある喫煙コーナー(おそらく今年中には撤去されるだろう)に行けば、多種多様な人間模様、何をどうやってここ(神宮スタジアム)にやってきたのか、そして試合が終わったらどうしてこうして明日につながっていくのか、そういうものを聞くことができる、そういう空間でもある。

 

贔屓チームの予期せぬ勝利の余韻を味わうために青山三丁目の居酒屋で同行者と小一時間、チーム強化のための対策や、互いの近況を。

 

自宅に帰り着いたのは土曜日に変わる頃、万歩計を確認したら1万1千歩、やった〜。こうして金曜ロスをひとまず解消した24日金曜日でした。

BOSCH

stoneが、私が留守の間に、バージョンアップされていた。まだ、どこがバージョンアップされているかは不明だが、私の文章書きはこのソフトなくして成立しないから、ずんずん書く、しかない。

 

J「これ誰のアルバム?」
H「マイルス・デイビスの<バグス・グルーヴ>」
J「いいね、曲名は?」
H「<ドキシー>、ソニー・ロリンズが書いた」
J「詳しいな」
H「少しは」
J「最近の音楽は?」
H「昔ので手いっぱいだ」

 

こんな会話がステキで、アマゾンオリジナルのドラマ『BOSCH』を連休明けから一気見している。シーズン1〜5各10話、2度目見のシーズン3、といったところ。2度目見していると、最初回で見逃した点が多々あり、味わいが増す。

 

上の会話のJは主人公・ハリーボッシュの相棒、ジェリーエドガー、Hはハリーボッシュモダンジャズとりわけブルーノートが大好きなロスアンジェルス署の敏腕にして敵の多い刑事。捜査に出かける車中での会話が上、その他、カット割りが短く早い展開ながら、冗長な印象を受けるゆえん。当たり前ながらシナリオがよくできている。

 

その他の脇役も名優ばかりだが、個人的に思い入れているのがハリーの娘マディ役のマディソン・リンツ。わが娘(実際、いない)のようにかわいいのだが、演技も若いのに侮れない。シーズン6が年内に配信されるらしい。待ち遠しい。

 

ところで、もう一つ、ビジュアル、シーンとして重要なのが、主人公の家。ロスアンジェルスの町並みを見下ろすことのできる、ロスの高台(あるいは崖っぷちと表現した方がいい)にか弱そうにみえる梁で支えられている。自分の手がけた事件について、小説化、あるいは映画化された(このBOSCHそのものなのだが)際の原作料で建てたというほのめかしが底流にある。

一生のお付き合い

2年前の今頃、発症した帯状疱疹、予後を誤って(多くは初診の皮膚科の誤診、だろうけど)、帯状疱疹神経症をいまだに患っている。右前頭部、右額、右目近辺、右頬の近辺、体感的には痛点は徐々に頭部から下がっていき、今、右目近辺。

 

病んだ神経は徐々に、緩慢に回復していく、といわれているが、まれに回復不全で一生のお付き合いを強いられるケースもある、らしい。

 

何人か、帯状疱疹を患った方のお話を聞いた。すぐに直った方、私と同様2年以上煩った方、また、知り合いの方に帯状疱疹で顔をゆがめたとか、帯状疱疹で別の病と併症して亡くなった方がいつ、というお話も。

 

幸い、私の顔は大きくはゆがんではいないし、今すぐ死に至る気配はなさそうだ。3年以内に神経症状が消えたというお話もあり、一生のお付き合いになる覚悟を持ちつつ、3年以内の快癒を祈りつつ、日々を過ごすしかない。いい音楽、いい文学、いい映像らを友にして。何かに集中していれば、つかの間、症状を忘れられますから。