ブルボン王朝

昨年の春以降、私の行動範囲は自宅から渋谷、恵比寿、目黒を結んだ範囲を超えることはない。というか、それ以外の町へ行った記憶がないというのがホントのところ。学芸大学さえ、至近距離なのに、足を運んでいない。そんな行動範囲で、世間というものをつかもうとしている。


しかし、映画を見ていると、世界各地へ旅をしているような気分になり、例えばクリント・イーストウッド監督の作品『ヒアアフター』を見ているとアメリカ(サンフランシスコ)、、フランス(パリ)、イギリス(ロンドン)に登場する3人のドラマが同時進行で進み、最後にロンドンで3人が遭遇する、少なくとも3つの文化圏の物語を追ううちに3都市を旅した、ずいぶんマイレージを稼いだな、そういう気分、わかりますよね。


だから、映画見ている限り、世田谷の隅っこに引きこもっている感じ、全然しないんです。振り返れば、去年はずいぶん旅をしたな、南極だって行ったからね、アイルランドにもずいぶん肩入れしたな、スペインのカタルニア問題も世界史で習って以来、久しぶりに、ブルボン王朝という語句も思い出したし。


今年も冒頭のルーティンエリアから脱出できるのは、春が来て、5月の連休を前にしたあたりを目標にはしていますがね、ああ、そうだ、後2ヶ月もすれば桜が咲き始める、で、いつものように、桜が散っていく、そういうのを見られる、んだね。昨日からの気象予報士の常套句、「明日は4月上旬、桜が咲く季節と同様の気温となります」ってのをさんざん聞かされてどこかさめる気分がわいてきたので、したためてみました。

2018年問題

私の2018年問題、昨日の「久米宏のラジオなんですけど」のテーマでした。そろそろ正月も半月を過ぎ、個人的に今年のテーマを掲げて、それに対する戦略を練る、などというタイムラグあり過ぎのライフスタイルで今年もやり過ごそう、そう考えている今日この頃。昨年が昨年だったので(自分だけしかわからない言い回し)、大江健三郎さんに頼ることなく、今年は大きなテーマと細かなテーマを自らに課し、ナンとか生き延びていこう、と。


大きな体積、質量をもつモノをできる限り身の回りに置くな、という家人からの厳命をいただいている私は、昨年11月、<広辞苑、10年ぶりの改訂>というニュースを聞き、紙媒体としての『広辞苑第六版』を仕事場に移動し、iPhoneにアプリ<第七版移行版広辞苑>を導入しました(8500円という高額でした)。


12日の金曜日、紙媒体の『広辞苑第七版』発売のニュースを聞き、はたとアプリの方、第七版に移行するのかと何度もアクセスしては<第六版>のままなので、岩波にだまされたか、と落胆し、週があけたら岩波に電話して文句言おうと、日付変わった土曜日午前3時、自宅に戻り、寝る前に充電器にかけようと。そのとき、アプリのアイコンが点滅しており、よく見ると、『広辞苑第七版』と切り替わっておりました。岩波書店さん、疑って申し訳ありません。


昨夜は、わがかかりつけ医とPTさんと夕食、ひとえに私の心身を支えてくださるチームのような存在で、3日夕刻のダウンを機に、あらためてこの乱高下の激しい冬場をどう乗り越えるかという崇高な課題があるのに、そのテーマについてはほとんど触れず、ポストトウルース的なとはいえ、この世紀に入ってからパラダイムは変わっていない日常の満ち潮引き潮についてをたどる話題、要は「こんな面白いアプリがあるよ」ではなく、「こうやって自分をアプローチさせていくと、このアプリ、結構、面白いデータを出してくる」的な、そんな話に終始し、2時間余りの<濃密>。こういう積み重ねのできるチームを頼もしく思った次第で。それぞれの2018年問題、うまくいきますように。

毀誉褒貶

昨日の記事についての補足、というか賛否両論かまびすしい<星野仙一論>について。自分でその現象を解析してみればいいじゃないか、と言われるのはわかってはいるのですが、今の私にはそれをやっている余裕がないのです。いつになるか、必ずやります。やらないと前へ進めないテーマでもありますから。

 

 偉愚庵亭撫録(小田嶋隆さんのブログ)に『鉄拳への挽歌』と題する文章が掲載されています。これはクールな星野批評として秀逸です。一方、星野賛美の中でも現役選手として接し、以降球界とは距離を置いている愛甲猛氏のインタビューをもとにした構成のビジネスジャーナル紙、『愛甲猛が震えた星野仙一さんの壮絶な怒りと優しさ・・・パイプ椅子を壁に突き刺し、溢れる愛情』という記事(まとめたのは小川隆行)はタイトルの陳腐さとは裏腹に、内容は愛甲氏の人間性がにじみ出ていていい。

 

なお、愛甲猛氏については現在、日刊スポーツ紙に『野球の国から』という高校野球を題材にしたコラム(大河連載)で高校球児としての異端ぶりが紹介されており、これはすごく面白い。

新年の別れ

あけおめ、ことよろ。しかし、今年はほとんど、このフレーズ(正式版も含めて)を使用する機会がなかった。三が日を過ぎた頃ダウンして、8日まで自宅でゴロゴロして過ごしていたせいもある。昨日、エビカンでの仕事始めにナンとか這うようにして出かけ、スライディングにようやく成功の様。


世情に疎くなっている身としてヒアリングに終始、仕事仲間に聞くと、今年は8日まで休みを取っている勤め人が多く、実質東京という町も、昨日から機能しだした、ミラノ、ロンドン、クアラルンプールという各都市では、日本人と思しき観光客を多く見いだした、4日、5日の通勤客はふだんの3分の2、等々。


盆暮れという時期はともかく、長い休みをとってどこかへ行く、何かをする、そういう日本人像、まあ、多様化してきたという見方ができるのであれば、実にいいこと、だと思うのですが、果たして実態は。


4日に星野仙一さんが亡くなったというニュースを夜更かししていた私は6日の午前3時頃の時事電でいち早くキャッチ、追い記事を探すにはツイッター、ですね。午前4時頃には日刊スポーツがWeb版で長文の記事をあげ、コラムニストの小田嶋隆さんが6時頃には自身のブログで10年ほど前に書いたものを改めて加筆修正してアップという離れ業、さすが、です。もっともインサイダーであるところの中日新聞系のメディアはもとより球団のコメントなんぞを、選手として、あるいは監督も2期務めた特異な方の訃報とそれにまつわる関連記事をアップするのに半日から一日を擁するというていたらく。


賛美8割と批判2割の横溢する記事や何やらで賑わっている中、あらためて書きたい気持ちはあるものの、私でさえ、愛憎相半ばする御仁であり、今、急いで書くことでもあるまい、と。74年のジャイアンツV10を阻止した優勝時のエースぶり、現役引退後すぐに青年監督を引き受け、就任早々、三冠落合広角打法をトレードで獲得した、までは大いに贔屓したものであるが、2度の優勝を除いては、こちらが引くような面も垣間見られ、名古屋と決別して大阪へ行った時には、ドラゴンズファンの私も決別、したものです。タイガース、イーグルスで各一度日本一に導いた手法も、ああ、それでいくのね、というもので。何より、北京五輪での惨敗ぶりには目を覆ったもので。


個人的に、あくまでも個人的に、そう思うのであり、勝負の世界に生きた人、その故人をむち打つつもりは全くなく、私のふるさと出身の明治大学・島岡御大のもと、その教えを父の教えと素直に受け止め、しごく全うに戦う意欲に満ちた投げっぷり、ジャイアンツという<権力>に向かう<反権力>という姿勢を体現した野球人としての姿は目に焼き付いて離れません。あらためてご冥福をお祈りいたします。


その上で、一ドラゴンズファンとして、最初の監督就任直後にトレードで落合広角打法を獲得したことこそが、後に、ドラゴンズに<黄金の8シーズン>をもたらせた最大の功労者ではないか、と個人的に記しておきます。ついでに、核心的な言い方をすれば、この方の処世の術は並の政治家以上のものがあり、私は密かに、この方の天職はNPBコミッショナーではないか、と思っておりました。WBCの代表監督などと言うユニフォームよりスーツを着て、球界改革にその手腕を活かす環境を整える、そういう<周囲>がいなかった、これが日本の現状でもあるのですが。


7日のニュースでは、シャンソン歌手のフランス・ギャルさんの訃報がありました。星野さんと同じ、70歳の逝去でした。

西日の差す仕事場で

年内ラストの更新ということで、一年前のテクストを見直してみたら、あらまあ、年末雑感、ほぼ同様のニュアンスでおり、ナンにも変わっちゃいねえじゃねえか。


<・・・私が主語ではなく、社会全体の話なんですが、2016年も最終週、とはいえ、一日一日の充実を心がけていれば、年末だとか年始だとか、あるいは年が変わる、年齢を重ねるなどということにことさら思いを置くような心境にはならず、ただ季節感を感じていたいとは思うものの、日によって気温が乱高下し、季節が進んだり戻ったりする、気象状態が異常なのか、社会の停滞(劣化症状)などが繰り返されている中、やっぱりクールに自らを措き、ほんとの意味でのリテラシーの力を研ぎ澄ませる、そうやって後6日を過ごすのだろうな、と。・・・>

 

おおむね、ことしも同様の心境であり、自分の体調が劣化、退化、老化のいずれもが押し寄せてきている、これを加えなければ今年を振り返ることはできず、とんだ災難(帯状疱疹)に見舞われたなととらえるか、ヘンな腫瘍がみつかりなどという事態を慮るならば、これで良しとするか、傾向オプティミストな私としては後者、ですね。

 

当初はこんな痛みを抱えて生きていくのかという心境の時もありましたが、あるとき家人から「他人(ひと)の痛みだけは共有できないからね」という名言を頂戴してからは、あの痛みがわが肉体からやや遊離し、爪先ではじいてみたり手のひらでマッサージしてみたり、サドなのかマゾなのか不明なもてあそび方を心得てからは、痛み止めリリカ以上の効果を発揮し、見事痛み分離作戦に成功し、なぜかあの歩きスマホやら電車内で画一的にスマホに向き合っている1984的な未来粉飾の方々とは一線を画した感のある、昨今です。

 

今、エビカンの仕事場のPCから例によって、Stone で執筆しているのですが、冬型の気圧配置のなせる技か、東の窓と西の窓から豊富な日差しを浴びて、机周りはライト不要、一昨日から、年末年始を海外で過ごす班が離脱し、6人の侍が3人の侍に減り、この3名で明日の晩は最寄りの食堂にてささやかにして豪奢な忘年会を執り行い、今年の仕事納め、私の主立ったスケジュールも終わります。

 

閑話休題。あらためて『シャーロック』見直したら、ワトソンさんのブログ、結構、シャーロックも気にしていて、多くの言及をしているのですね。しかもきわめて示唆的に。この示唆をメモして、私のブログに反映させようと考えており、BBCの同番組の制作陣たちに大いに栄光あれ、と敬意を表しておきます。シャーロック(ベネディクト・カンバーバッチ)、ワトソン(マーティン・フリーマン)はじめ、マイクロフト(マーク・ゲイティズ)、メアリー(アマンダ・アビントン)、モリアーティ(アンドリュー・スコット)、モリー(ルイーズ・ブリーリー)、ハドソン夫人(ユナ・スタッブス)、レストレード警部(ルバート・クレイブス)らキャスト陣には大いなるオベーション、です。これほど繰り返して見ているのは、『ミレニアム』シリーズ以来。『ミレニアム』といえば、原作はどんどんシリーズが進んでいるのだが、ドラマとしてのシリーズ、続くのだろうか。ノオミ・ラパスミカエル・ニクヴィストのコンビを見てみたい。

 

今年、とりわけ後半は読書という楽しみを奪われてきた。映画、ドラマ、オペラ、舞台などDVDを多く見た。こういう年は珍しかった。来年はでき得れば、読書をふつうに楽しめればと思うのだが。この間、書いた『その犬の歩むところ』(ボストン・テラン著・田口俊樹訳・文春文庫)みたいな本との出会いをみすみす逃すのは自分的に大いなる損失と思うから。ボストン・テランはどう読んでも女性である、女性にしかない視点で、犬を主人公に描ききった、と推理する楽しみ、女性の想像力、創造力の理想型を味わう喜び、などと書いているのだが、なぜかというと、現実社会がクソだから、という一言に尽きる、そういう悲しさをたたえつつ、2017年は暮れていきます。

書く気分を高める

<書く気分を高めるテキストエディタ>という触れ込みで、リリースされるのを首を長くして待った Stone が先月末登場。即買いで使い始めてこの3週間、ホントに<書く気分>を高めてくれることは確かだった。おびただしい数の文章を書いてはストックしている。一番の売りの<縦書き>はまだ控えている(笑)。

 

これまではずっと Light Way TeXt をエディタとして使ってきた。これはこれで馴染んでいるのだが、 Stone を前にしてはいかんともしがたい。インターフェイス(なんて、横文字使っちゃった)の美しさと目に優しいグレーの世界観(これが一番の開発者の腐心したポイントだろう)。

 

最近、痛点が右目の周囲に降りてきて、ほぼ右目を使用するのは無理なので、片目でインターフェースを見つめているのだが、苦にはならない。隻眼のブロガー、というキャッチを使えば?というギャラリーの声が大きくなっている、というのは限りなく嘘に近い。

 

ただ、来年は新たなブログを始めようと思う。一つのブログを満足に更新できないのに何をほざいているんだ、という声が飛んでくるのは百も承知。いや、一つだけではないかもしれない、いくつか、ジャンルを広げて挑戦するつもりもある、それほど<書く気分を高めてくれる>のが Stone の威力だ。現状、このブログのようなアクセスフリーのものはこのブログだけだが、私の食い扶持である有料ブログを2つ書いている。来年始めようというのはアクセスフリーのブログ。

 

あの『シャーロック』のシャーロック・ホームズの相棒、ジョン・ワトソンのブログがシーズン3あたりから、かなりのアクセス(2000から3000)を獲得、シーズン4ではあちらこちらで「ブログ、読んでます」、「あなたのブログのファンです」という市井の人々と交錯する事態となっている。

 

元は、アフガニスタンへ軍医として派兵されたのだが、銃弾を受け負傷し帰国、リハビリに失敗し、心因性の歩行困難、杖を使う生活。セラピストに「あなたの日常起こったことを、書いてみたら」と言われて始めたブログ、それが<シャーロックの事件簿>的なものに変遷していく、もちろん、その内容は番組の中で明かされることはないし、ウエブ上に実在もしない。実在したら読んでみたいブログナンバーワンであることは間違いない。

 

さて、年末のスケジュール、29日まで6人組のエビカンでの仕事を中心に、寒暖差アレルギーと心筋梗塞、そして今年新たに加わった帯状疱疹神経症を抱えながら、細心の注意を心がけながら(要は、高血圧対策と、震えながら行う有酸素運動など)全うしていく。年始は今年一年ためておいた T-Point を利用して家人とともに、TSUTAYAでDVDを物色、映画三昧しようと。年内、もう一回、更新します。

師走半ば

乱高下の激しい秋、でしたね。10月、11月はなんとも気もそぞろで、秋を満喫するという具合にはいきませんでした、計画した事柄のそれぞれがうまくパズルを描けなくて、いわゆる<しそんじ>あるいは<未遂>を繰り返し、とてもではないけれど、<収穫の秋>などという代物にはなりませんでした。

師走に入り、10月下旬から取りかかった大仕事、年内に終える予定だったのに、今現在道半ばというところ、精鋭6人の侍(うち2名は女子)が取り組んでもこの様で、1月末アップを新たな目標に。ともあれ、このご時世、仕事を与えられただけでも、僥倖、しかも、然る知ったりの6人のメンバーと再び仕事ができるなどとはつゆも思っていなかっただけに、世の中捨てたものではありません。

11月下旬、うれしいことが。週刊文春連載シリーズ『本音を申さば』の小林信彦さんが復活、脳梗塞を発症したのが4月半ばで、以降、私と至近距離のM病院で<夢を見ていた>、らしい。そのコラムではM病院、転院したH病院における<闘病記>が綴られておりとても興味深い。

 

 

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最近、視力が右目中心に衰えてきており、読書どころではなかったのだが、ひょんなことで石坂浩二氏愛用でおなじみのシニアグラスを試したところ、なかなかのもので購入し、もちろん仕事には必須でのことだけど、読書にも挑戦してみようと。その第一作目が1995年刊行の『渋澤さん家(ち)で午後五時にお茶を』(種村季弘著・河出書房新社)だった。渋澤さんといえば博覧強記の渋澤龍彦さんのことで、二人ともすでに鬼籍に入られているが、幻のようにリアルに(これ、肝心なところ)1970年代の知的狂乱および爛熟を目の前に味わうことのできるエッセー、堪能しました。

ついで、バランスの人でもある私(ここは笑うところ)は『新装版・夜中の薔薇』(向田邦子著・講談社文庫)、これは昭和のエッセンスと日本語の美しさと正しさをあらためて楽しめました。で、今、取りかかっているのが、いわゆる新刊で、週刊文春という小林信彦さんが連載している週刊誌の年に一度の大イヴェント『ミステリベスト10』にも入っている(海外5位)『その犬の歩むところ』(ボストン・テラン著、田口俊樹訳・文春文庫)、冒頭から熱中できるのだが、一昔前なら一晩で読み終えたところ、現状、そういう体力がない。読み終えたら、感想文を書こうと思う。

再来年、年号が変わるとか、昭和に続いて平成、さらに新しい年号に続いていく、果たしてわが人生は平成で終わるのか、新しい年号に歩みを進めるのか、とにかく体調管理を優先する日々は続く。