プカプカ

幻想曲、あるいは夜想曲をテーマにした原稿依頼が舞い込んだ先週半ばにまず頭にひらめいたのがカズオ・イシグロ氏の同タイトルの作品(『夜想曲集ー音楽と夕暮れを巡る五つの物語』)であり、モーツァルトベルリオーズら多彩な同ジャンルの楽曲だった。まあ、依頼主としては<秋の夜長にウンタラカンタラ・・・>というイメージでの発想だと思うが、時節にかなった企画となった昨夜のニュースとなりました。しかし、「実は日本人の受賞でもある!」式の騒ぎは鬱陶しい。

そんな、中秋の名月を愛でるというわがルーティンを終えた秋を本番に迎えた十月初旬をナントか無事に過ごしており、決して愉快な日々とは申せませんが(いや、クズだw、クソだw、としか思えない事象が世界の中枢で起きていることとどう向き合えばいいか逡巡している、というのが実状かも)、いい音楽、いい映画なんぞに囲まれて、薄れていく記憶をついばむように日々を送っている、んですね。

相変わらずのある部位の痛み、しびれを抱えつつ、そんなもん、のこりわずかな日々、つきあっていくしかないのだから、むしろ、もっと重篤な病なり障害なりをお持ちの同世代の方々多くおられるわけで、蒸しタオルを部位に当てる<温熱療法>を信奉してやり過ごしております。ああ、そういえば、九月初旬には風邪をこじらせて、やれ肺炎?肺がん?などと一騒動ありましたな。

でも、相変わらず、プカプカを楽しんでおります。ハナレグミというグループのカバー版『プカプカ』を聴きつつ、庭に出て、プカプカしております。この曲でカバーといえば、原田芳雄さんのものが最高だと評価しております。あと10年もすれば、プカプカという行為は昭和以前の時代の悪しき習慣行動だった、と記憶されるのでしょうね。

 

この間、中秋の名月、見られるかどうかという気象予報士の話を聞きつつ、渋谷の街を歩いていた。渋谷といっても若者が集中する繁華なエリアではない。桜丘、つまりは東急の豪奢なホテル塔の裏側のエリアで、東京スカパラ某の『星降る夜に』を聴きながら歩いていた。桜丘の桜並木のある坂を(これは渋谷の中でも最も急な坂)ぽつりぽつり歩いていた。いや、坂を上っていた、が正解。息の上がらぬ位の速度で。目の前を若い二人連れが歩いている。彼らは二人ともこれくらいの坂では息の上がらぬ二人だった。すると、いきなり振り向いた彼女の方が空を仰ぎ見て、「ねえ、ねえ、ほら、・・・」、彼も振り返る、「ほう、ホントだ、出てる出てる」。私もそれにつられて振り返り仰ぎ見た、声には出さなかったが「ほう、ホントだ、出てる出てる」。二人連れはしっかりと手をつなぎ合っていた。久しぶりに昭和の<二人連れ>を見た気がした。スカパラの曲の歌詞にぴたりとハマった。ステキな風景でした。

プラハの秋

ナントか無事に私の誕生日、サマークリスマスをクリアすることができました。林義雄さん、ありがとう。何のことやら不明の方は、よろしければ当ブログ、昨年の6月30日の更新をお読みいただければと。

さて、今月はほぼ丸ごと、右目周辺に痛点が居座り、右目をまともに開けていられない状況。何より、刺す痛みに襲われ、本はもとよりネットサーフィンなんぞも難儀しております。眼科に行っても、<帯状疱疹後神経痛>による目へのダメージがどんなものか、理解してもらえない、充血はあり、涙なのか何なのか不明の液体がたえず垂れてくる、網膜も虹彩も異常はないというけれど、洗浄液替わりの目薬を処方して「お大事に」ではね。

QOLの改善は進んでおります。わがPTとかかりつけ医の提案に従って、仕事場のあるエビカン(恵比寿と代官山の境)まで、歩いたり自転車ポタリングを三日に一度繰り返し、渋谷にバスで行き、世界が注目する駅前のスクランブル交差点を行き来し、ロフト、無印、東急本店の8階の書店を冷やかす、というところまでは出来ており、また、食事も今や、普通の白米をおいしくいただいております。

その改善活動を通じて、ある若者にインスパイアされ、グレー、コットンのニット帽をかぶることで痛みの緩衝、傷を日に当てないなどをかなえて、一連の活動の中でのヒット、だと思い込んでおります。頭部の汗、発汗も左半分に見事に分かれ、右からは汗は出てきません。ニット帽はそうした偏った発汗活動による汗止めにもなっております。眉毛のところまで深めに装着するのがポイントです。日差しのある日にはグラサンをしますから、完璧な挙動不審者の完成、です。

気候の不安定な8月でしたが、オペラやモーツァルト以外に掘り出し物がありました。菊池成孔氏推薦のアルバム。『CONCEPT-ART-ORCHESTRA』。

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配信元のレーベルの推薦文には<・・・・チェコの若手有力ジャズミュージシャンが集結したジャズオーケストラ、Concept Art Orchestraの1stアルバム。Martin Brunnerを筆頭とするチェコ第一線で活躍する若手コンポーザーの曲を奏でるゴージャズな作品。ゲストでは、なんとTara FukiのDorota Barováがヴォーカルとして参加。チェコジャズファンは見逃せない作品です! ・・・・>とあります。

プラハの春、ならぬプラハの秋、とでもいうべき、チェコという国の成熟(収穫期という意味での)を思い知らされる作品群、6曲入っているのですが、どれも異質でジャズのスタイルも多様なのですが、全体、プラハという街、見知らぬ街ですが見えてきます。

わが闘争

痛みとどうつきあうか、私の残り少ない人生の大きなテーマとなった。発症時から20日間ほどは七転八倒の痛みに、まさに鬱になるだろうな、と思った。憂鬱間隔でいえば鬱は圧倒的に少ないB型なので、楽観的ではあったが、それでも一時は途方に暮れた。そこで、ああいかんぞこれは、決して思考停止はまずいぞと考えた。

 

右目はふさがっていたから、目を伏せ、沈思黙考の安静生活。ラジオが友達と思ったが、今回はラジオはうるさかった。人のおしゃべりがうるさかったのだ。唯一、聞けたのは例の金鳥製薬のCMシリーズ、<大沢クンと高山サン>だった。でも、早々にラジオをあきらめ、ピアノに移行した。やさしい音のピアノといえばシューマンショパンだった。来る日も来る日もシューマンショパンを聴き続けた。これで、辛うじて鬱にはまり込むのを防ぐことが出来た。

 

最大の危機を乗り越え、聞き飽きてきた頃、次に選んだのは、アマデウス、いえ、モーツヮルトでした。多作の彼の作品群の8割程度を聴いたのではないか。同じ曲でも指揮、演奏者、フィルハーモニーの異なるのも聞きくらべたから、その量は推して知るべし。7月半ばに「そろそろモーツワルトを卒業しようか」と考え、ついに積年の待望するジャンル、というか、いつか余生のいくばくかをこのジャンルに耽溺してみたいと考えていた。そう、オペラだ。あくまでもオペラを聴く、のだが。この3週間ほどで、その魅力の虜となっている、当たり前の話だが。

 

右目に痛みが走らなくなったら、オペラをDVDで観てみたい。

 

さて、こういう病気なので、当初は食欲なんぞわいてこなかった。家人発案のおじや(あるいは当初はお粥であり、雑炊状となりおじやに至った)に救われた。今や、そのおじやは進化し、考えられる栄養素を内包した完全食となっている。5キロ減った体重が元に戻りつつある。ああ、もう一つ、私のもう一つの持病について、かなり良好な検査データが出ている。かかりつけ医によると、沈思黙考安静生活がもたらしたものだろう、と。今後は少しずつQOLを取り戻すべく、運動を取り入れていくようにしましょう、そういう事態になっている今日この頃。

 

とりあえず、私はこういう戦い方をした、もちろん、今後も続くことなのだが、音楽とはかくも素晴らしきものとあらためて認識した、そういうことをお伝えしたくて。

リリカとともに

前回の更新からすでにほぼ2ヶ月、月でいえば8月になってしまった。2月ぐらいの当ブログでは、8月には<極楽>になっていたはずなのだが。顔の腫れは引き、帯状の傷も治まりつつあるものの、右目眉毛の周辺、右額の中心、右生え際に性懲りもない元傷が残り、そこを痛点にして、相変わらず、痛みは治まっていない。

素人診断ではなく、この間、セカンドオピニオン、かかりつけ医、はり師、そして、現状日本屈指のペインクリニックにも足を運び、治癒を目指していたが、結論から言うと、最後のペインクリニックの医師に最後通告されたのだが、<きわめて重傷の帯状疱疹>であるらしい。戦犯捜しをすれば、初診に当たった皮膚科医師ということになるが、所詮、皮膚科は皮膚科であって、というのは私でも承知する。

セカンドオピニオンの医師も指摘していたが、この病気は症状が現れてからできうる限り早く処置に当たることが治癒への近道、初動の遅れを言われた。ペインクリニックの医師は、発症してから10日以内であれば痛みの残らない処置法(神経ブロック等)はいくらもあった。つまりは、<後の祭り>という次第で。ペインクリニックの医師がさらりと、いいのけた、「その痛みと死ぬまでつきあう」のだと。

こんな説明ではわからないのかもしれない。体感的には右前頭部から額、右目、頬、右口端に至るまでいわゆる<しびれて>いる。指で触れても感覚がない。たまに右目から涙が流れてくる、右鼻から鼻水が流れてくる。患部全体が突っ張っている、そういう感じ。

常に痛みは襲ってくる。痛みの種類は一定しない。ズキズキやら刺す痛みやら、鈍い痛みやら多彩だ。眉毛から上の痛みはナントかやり過ごせる。しかし右目周辺への刺す痛みはナントもし難い。目をつぶり、やり過ごすしかない。

一つだけ痛みをしのげるときがある。シャワーを浴びているときと、熱い蒸しタオルを患部に当てるとき、である。だから、一日に何十回と蒸しタオルを使用する。最近、家人がカラフルなタオルを購入してきて、専用に使用している。気分次第で、色を使い分ける、そんな感じで。痛みに弱い家人は「よく、耐えているわね」と尊敬の念を表している。これに対して、私は「正岡子規脊椎カリエスでのたうち回っていた晩年、よりはマシかも」と応えることにしている。

あと一つ、嫌いな言葉だが、私の現状において、癒やしの存在がある。かかりつけの内科医が当初から処方してくれている、鎮痛剤・リリカである。朝夕食後に一錠ずつ、特段の鎮痛効果があるわけではないが、飲めば少しだけ緩和するのを実感できる。薬の名前としてなかなかのものだと思っている、何しろ、皮膚科医が処方した鎮痛剤の名がカロナールでした、からね。リリカと熱い蒸しタオルなくしてわが生活は成立しない。

面従腹背

この言葉が、先週来、キーワードになっている件については、世情に疎くなっている私でも辛うじて承知している。

 

前回の更新の頃、すでにわが身体は50年以上にわたってわが身体に潜伏していたウィルスによって侵されはじめていた。右前頭部に痛みが走り、頭髪内部になにやらかゆみを発するできものができている。

 

先週半ばにはその痛みやできものが額、右目、頬と広がっていた。家人が「ひょっとしたら、タイジョウホウシン、かも。皮膚科、探すから、行ってきたら」と提案されると、内心、痛みがどうにかなるのなら行こうか、と出かけた。10人ぐらいの待ち合う人々のなかに紛れ込んで、1時間待つのかな、2時間かかるかな、と思ったが一人あたり3分ぐらいで診察室を入れ替わっている、30分ほどで診察室へ。

 

私がいすに腰掛けるやいなや、「帯状疱疹です」「症状はいつから?」「このパンフレットに詳細が書かれています」「患部を暖めるのがポイントです」「一週間後に血液検査してウィルスがどの程度衰えているか、確認します」、ジャ〜〜〜ン、はいこれで一丁できあがり、初診でしたが、やっぱり3分前後でした。私なんて、こういう町医者、尊敬します。処方箋によると、いわゆる抗生物質による化学療法、補助剤は鎮痛剤、神経のダメージを保護するビタミン剤、それと軟膏薬。

 

帰宅して、家人に報告、早速、ウィルスとの格闘に参入(?)しました。痛みが和らいだという感触はあり、しかし、抗生物質は強力で体感としてはウィルスが目を覚まし、本格的な闘争状態に入った感。実際、腫れが膨らみ、多数の疱疹がわき出るように出来、右目をふさぎ、という展開。本を読む気力もPCを観る気力も失せ、今回の<安静生活>はラジオか、ピアノアルバムを聴くか、というものに。

 

小さい頃、水疱瘡にかかった、その時のウィルスが体内に潜伏し、その人の人生の中でもう一度猛威を振るうのが帯状疱疹だとパンフレットに書かれておりました。私の記憶に間違いがなければ、私が4歳、兄が7歳の時、同時にかかった水疱瘡、どちらかが罹患してそのウィルスがどちらかに移した(W)のでしょうね。その兄は、2度目のウィルス罹患を経験せず、別の生命体と格闘して命を落とした。

 

と、ここまで書いてきたのは、当ブログ初めての代筆・ピンチライターである、わが同業の若い友人である。私がPCすら読めないのなら、と「来るな」というのにやってきて、代筆を申し出て、いわゆる<口述筆記>をしているのである。この患いに陥っていると聞くや、お見舞いと称してわが惨状を確認しに来たのである。現状、<お岩さん>状態を観て、最初の表情に<え?これがあのひと?>という意味を醸し出した。自分ではまだ何が起きているか理解していない、そういう状態。

 

決して今の私が<面従腹背>であるなどと、タイトルしたわけではない。タイトルについては今の症状が回復した暁に、再度、更新したい、本日はここまで。

 

 

そもそも

<・・・結局、鬱っていうのは、集中力のある人がなるんですよ。その集中力が自分の暗い部分に集中しちゃうと鬱になる・・・> 、これは 大槻ケンヂ氏の名言。


<・・・パスポートをなくすことはたいした問題じゃない。ノートをなくすことは破滅だ。・・・>、これはブルース・チャトウィン という作家の作品中の名言。

このような名言に囲まれて5月の、というより5月というにはクソ暑い日々を過ごしております。5月の連休明けの頃には「そもそも」などという基本国語をわざわざ辞書で調べて使用しているというのに、辞書で示されている意味で使用していない御仁の空しき日本語に翻弄されている貧しき国、今年の5月の新緑はまさに人に集中力を目覚めさせるのに十分な鮮やかさであり、しかし、緑に目を奪われているうちに、鬱にならないようにケアしなきゃいけない。

<ノートを>なくすことの破滅度については熟知している自分にとって、外に出かけるときにはソフト装丁のMOLESKINEプレーン 、ウチの机の右サイドにはA5版のStalogy 、の2冊のノート。後者をなくすことはまずないと思うけれど、前者をなくすことはあり得る、出先で人様からお聞きした貴重にして希有な内容がコンパクトに、しかもニュアンスも含めて書いたメモ、あるいは地下鉄やバスに乗車中、あるいは歩道を徒歩している最中に浮かんだアイディア、覚え書き、これはなくしたくない。

最近はこのMOLESKINEに加えて、財布はもちろん、グラサンと老眼鏡、iPhone、らを携帯しており、どれをなくしても痛い事態となる。陽気の良さも手伝い、わが行動制限も徐々に緩和され、引きこもり気味の我が身に慣れない外出の機会が増えているので、要注意。

一方、この10日ほど私を捕らえて放さない、鈴木大拙というビッグネーム。とりわけ最初に取り組んだ著作、『日本的霊性』について、大地性、莫妄想、無分別智というキーワードを中心に学びのメモをStalory に8ページ。今、読み返しても興味は尽きない

少しだけ、前へ

世の中は、GWとか大型連休というものが今日で終わるようだが、曜日のない日々を過ごしている身としては、変わらずに、マイペースで4月から5月への推移を楽しんでいる。

年に正月三が日を休みとしている多忙を生業としている家人でさえ、この10日ほどはペースダウンして余暇を楽しんでいる。4日には二人でホテルオークラ裏にある菊池寛実記念智美術館で開催中の<篠田桃紅〜昔日の彼方に>を観に行った。100歳を超えてからの新作を観られ、ある種の奇跡を鑑賞した感。

2年をかけて<司馬遼太郎全集>を読み切った家人のオファーで「何か読むものはないか」と言われるので、アマゾンで探していたら<司馬遼太郎短編全集>というのが文芸春秋社より出ており、3月末購入し読み始めた家人、全12巻のうち、もう4巻を読破してしまった。<断捨離>を旨とする家人にとって、先の<全集>を私がしかるべき価格で売った後のスペースをうまく活用して収めるだろう。この一連の司馬遼太郎の作品に頻繁に扱われるのが大坂とその周辺、この地域についてユニークにしてグローバルな視点で論考した中沢新一の「大阪アースダイバー」、これを私が熟読している。


中沢新一といえば<・・・『ボレロ』を聴くよろこびは、2の原理と3の原理、シンメトリーと非シンメトリーという、現実の世界ではめったに和解しあうことのないモデルどうしが、「この世ならぬレベル」で(中略)、調和や対称性を実現しているのを知覚することによってもたらされる、幸福感に根ざしている。・・・>という腑に落ちる箴言を思い起こす。

映画では洋画で「ニュースの真相」、邦画で「お父さんと伊藤さん」という2作の佳作に遭遇した。まさしく、2の原理と3の原理を象徴とする2作、後者はとくに、藤竜也リリー・フランキー上野樹里の快演が作品の微妙なニュアンスを活かしていた。

昨日は知り合いの紹介で、我が身にはじめて針というものを刺すという体験をした。いわゆる<鍼灸師>による施術。体全体がポカポカと温かくなり、全身の血の巡りがよくなることを体感、部分のしびれが消えたのは不思議。いきなり治癒することはないものの、少しずつ改善していく、という指摘に納得。

なんとなくではあるが、少しだけ、前へ進んだ実感を持てた、わが黄金週間、ではありました。